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大阪地方裁判所 昭和57年(わ)4437号 判決

主文

被告人吉田を懲役三年に、被告人松原を懲役二年に処する。

被告人らに対し、未決勾留日数中各四〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人松原に対し、この裁判の確定した日から四年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人吉田興三は、井上正彦と共謀のうえ、有限会社昭栄物産の仕入名下に商品を騙取しようと企て、

一  昭和五五年九月三〇日ころ、大阪市西区江之子島一丁目七番三号奥内阿波座駅前ビル六階六号の同会社事務所において、アルギン工業株式会社大阪出張所所長秋枝宣彦に対し、真実は、商品を仕入れて約束手形を振出しても決済する確実な目処はなく、かつ引渡を受けた商品は直ちに仕入価格以下の価格で他に売却して換金し、入手した現金は自己らにおいて取得する意図であるのに、その情を秘し、「鹿児島にむきイカの工場を持つている。韓国貿易もやつており、九州の新生商事や中央市場の大水等と取引している。支払い条件は、納品時に四五日サイトの手形で決済する。」などと嘘言を申し向けて同人をしてその旨誤信させたうえ、別紙一覧表(一)記載のとおり、同年一一月一九日ころから同年一二月二四日ころまでの間前後五回にわたり、同市港区三先一丁目一七番一七号三先マンシヨン一の三三所在の右アルギン工業株式会社大阪出張所の前記秋枝(同表番号1・2・4・5)及び服部忠郎(同3)に対して、電話でいかにも正常な商取引であるかのように装い、マダラフイーレ等の冷凍魚合計三四五九キログラムを注文し、同人らをして正常な商取引であつて確実に代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よつて同年一一月二〇日ころから同年一二月二五日ころまでの間、六回にわたり、右冷凍魚の寄託先である同区港晴五丁目二番六〇号寶船冷蔵株式会社等において、同会社係員らから、右冷凍魚三四五九キログラム(代金合計一四五万〇七〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取した

二  昭和五五年一〇月二一日ころ大阪市西区江之子島一丁目七番三号奥内阿波座駅前ビル六階六号の同会社事務所において、土井川魚株式会社営業担当従業員岡田一幸に対し、真実は商品を仕入れても代金を現金で支払う確実な目処はなく、かつ引渡を受けた商品は直ちに仕入価格以下の価格で他に売却して換金し、入手した現金は自己らにおいて取得する意図であるのにその情を秘し、「昭栄物産は全国の刑務所に牛缶を入れたりしており、今まで鰻は日鰻から入れていたが、値が合わないのでやめた。」、「毎日鰻を入れてほしい。」などと虚言を申し向けて同人をしてその旨誤信させたうえ、別紙一覧表(二)記載のとおり、同年一一月一七日ころから同年一二月二三日ころまでの間、前後三七回にわたり、京都市東山区三条通大橋東入ル二丁目下ル若竹町四二〇番地所在の右土井川魚株式会社に電話し、右岡田(同表番号1ないし16)及び同会社代表取締役土井俊一(同番号17ないし37)に対し、いかにも正常な商取引であるかのように装い、活鰻二万〇〇四〇キログラム等を注文し、同人らをして正常な商取引であつて確実に代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よつて同年一一月一八日ころから同年一二月二四日ころまでの間、三七回にわたり、右活鰻二万〇〇四〇キログラム、冷鰻三一ケース及び冷穴子一六ケース(代金合計三五七一万〇二〇〇円相当)を、大阪市東住吉区今林三丁目八番一号株式会社鮒彦等に送付させてこれを騙取した

第二  被告人両名は森浦信彌、植田浩及び齋藤弘治と共謀のうえ、旭水産株式会社の仕入名下に商品を騙取しようと企て、

一  昭和五六年三月二六日ころ後記旭水産株式会社において、東部物産貿易株式会社営業係員河野利幸に対し、真実は商品を仕入れて約束手形を振出しても確実に決済される見込みはなく、かつ引渡を受けた商品は直ちに仕入価格以下の価格で他に売却して換金し、入手した現金は自己らにおいて取得する意図であるのにその情を秘し、「私の会社は髙島屋、阪急、大丸、その他有名な大手百貨店に商品を納めております。また九州や四国方面にも販売ルートを持ち、営業はまあまあ順調です。今度デパート等で特売をやるから相当数の松イカが欲しい。」、取引条件につき、「商品の納品後一週間位後で手形を渡します。四五日の手形で、期日に間違いなく決済する。」などと虚言を申し向けて同人及び同会社営業係員酒巻清の両名をしてその旨誤信させたうえ、別紙一覧表(三)記載のとおり、同月三〇日ころから同年四月一三日ころまでの間、同区野田二丁目二番一八号カフエレストラン丸亀等において、右河野及び酒巻に対し、いかにも正常な商取引であるかのように装い、冷凍エビ等の水産物を注文し、同人らをして正常な商取引であつて確実に代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よつて同年三月三一日ころから同年四月一五日ころまでの間、右冷凍エビの寄託先である同市港区石田一丁目四番二七号丸紅冷蔵株式会社大阪工場等において、冷凍エビ等(代金合計一〇二七万〇八八四円相当)の交付を受けてこれを騙取した

二  同年三月中旬ころ大阪市福島区玉川三丁目三番一九号旭水産株式会社営業所において、大阪府茨木市宮島一丁目一番一号所在大晃水産株式会社取締役尾上益見に対し、真実は商品を仕入れても代金を支払う意思及び能力もなく、かつ引渡しを受けた商品は、直ちに仕入価格以下の価格で他に売却して換金し、入手した現金は、自己らにおいて取得する意図であるのにその情を秘し、「旭水産は、あんたも知つていると思うが本場で仲買いをしている窪田の会社で、あつちこつちの百貨店に商品を納めていて、とり貝もパツク入りにして百貨店に納めるのです。」、「帳簿を見て貰つてもよいですよ。」、「トリ貝が欲しいので取引したい。イクラも欲しい。」取引条件につき、「毎月二〇日締切りの翌月一〇日支払いにして欲しい。」などと虚言を申し向けて同人をしてその旨誤信させたうえ、別紙一覧表(四)番号1ないし4記載のとおり、同年四月二七日ころから同年五月二一日ころまでの間、同人に対して電話でいかにも正常な商取引であるかのように装い、トリ貝及びイクラを注文し、同人をして正常な商取引であつて確実に代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よつて同年四月二七日ころから同年五月二一日ころまでの間、大阪市福島区野田一丁目一番八六号大阪中央冷蔵株式会社等において、トリ貝及びイクラ(代金合計四四〇万六九〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取した

三  同年三月二一日ころ前記旭水産株式会社において、株式会社毛塚茂樹商店取締役毛塚眞啓に対し、真実は商品を仕入れて約束手形を振出しても、確実に決済される見込みはなく、かつ引渡しを受けた商品は、直ちに仕入価格以下の価格で他に売却して換金し、入手した現金は、自己らにおいて取得する意図であるのに、その情を秘し、「私方会社は、百貨店や大手スーパーに、古くから水産物を卸売している会社で、以前は干瓢も取扱つていたがやめていた。注文があれば大阪の業者で買つて入れているが、品物が悪いし揃わないのでこのたび九州に進出し、干瓢の需要が多くなつたので小袋を中心に取引して欲しい。うちの取引先は、百貨店や、大手スーパーなので、支払いの方は確実です。手形は二か月位にして欲しい。」などと虚言を申し向けて同人をしてその旨誤信させたうえ、同表番号5及び6記載のとおり、同年三月二六日ころ及び同年四月二日ころ同人らに対して電話でいかにも正常な商取引であるかのように装い、干瓢を注文し、同人をして正常な商取引であつて確実に代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よつて同年三月二七日ころ及び同年四月三日ころ前記旭水産株式会社営業所において干瓢(代金合計二〇四万一〇〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取した

四  同年五月一五日ころ山口県下関市彦島西山町四丁目一二番二四号共立商事株式会社水産加工場において、同社工場長加納政二に対し、真実は、商品を仕入れて約束手形を振出しても、確実に決済される見込みはなく、かつ引渡しを受けた商品は、直ちに、仕入価格以下の価格で他に売却して換金し、入手した現金は、自己らにおいて取得する意図であるのに、その情を秘し、「旭水産株式会社は、大阪の有名デパートに納入している。」、「北海道漁連より主に仕入れをしている。下関の古川商店とも古い取引がある。支払条件は、納品から四五日サイトの手形で支払いする。取引銀行は農林中央金庫大阪支店と取引しており、旭水産はしつかりした会社だから信用調査して調べて良かつたら取引して欲しい。」などと虚言を申し向けて同人をしてその旨誤信させたうえ、同表番号7記載のとおり、同年五月一九日ころ同人に対して電話でいかにも正常な商取引であるかのように装い、ふぐロール等を注文し、同人をして、正常な商取引であつて、確実に代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よつて同年五月二〇日ころから同月二三日ころまでの間、大阪市西区南堀江三丁目一六番三〇号宝船冷蔵株式会社堀江工場外一か所において、ふぐロール等(代金合計八七〇万円相当)の交付を受けてこれを騙取した

五  同年四月七、八日ころ大分県佐伯市市鶴望一九七二番地の二株式会社五十川商店に対し、電話で、「大阪の旭水産の者です。私方会社は日本各地の有名デパートに海産物を卸しています。大分はトキハデパートに卸しています。お宅の乾椎茸を私方の販売ルートに乗せたいので商品を送つてくれないか。」と取引を申し入れ、更に同月一二、三日ころ同会社取締役五十川辰尾に対し、真実は商品を仕入れても代金を支払う意思及び能力もなく、かつ引渡しを受けた商品は、直ちに仕入価格以下の価格で他に売却して換金し、入手した現金は自己らにおいて取得する意図であるのに、その情を秘し、「私方会社は、海産物を扱つていますがお宅の乾椎茸を私方会社の販売ルートに乗せたい。」などと虚言を申し向けて、同人をしてその旨誤信させ、同年四月一六日ころ同人に対し、電話でいかにも正常な商取引であるかのように装い、「納品出来次第現金をお宅の口座に振込みます。」と申し述べて椎茸(中撰及び大中撰各三〇〇キログラム)を注文し、同人をして正常な商取引であつて確実に代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よつて、同月二〇日ころ大阪市西淀川区野里一丁目三番六号西淀冷蔵株式会社において、椎茸六〇〇キログラム(代金三四五万円相当)の交付を受けてこれを騙取した

第三  被告人松原亮一は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和五八年八月一四日午後七時三〇分ころ大阪市阿倍野区松崎町一丁目二番四六号先付近の道路において、普通貨物自動車を運転した

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人らの主張に対する判断)

一  被告人吉田は、判示第一の各事実(昭栄物産を舞台とした事件)については詐欺罪についての故意がなかつたので無罪である旨主張し、弁護人も別紙一覧表(二)の各事実のうち、大阪市西成区出城一丁目一番地先路上を騙取場所とする各事実については同被告人に故意がなく、井上正彦との間に共謀もないので無罪である旨主張しているが、被告人吉田は、右取込詐欺の舞台となつた有限会社昭栄物産の代表者であつた宣壮介から同会社を経営していく自信を失くした旨の相談を受け、同人に対する債権を回収したい気持もあつて、同人に対し同会社を舞台として取込詐欺をしたらよい旨示唆し、同被告人らは井上正彦と共に、井上を加納征宏なる者に仕立て上げ、昭栄物産を舞台とする商品の取込み詐欺をする旨の共謀をなし、被告人が右会社の当座管理と商品の売捌き方を担当し、商品の取込みは専ら井上が担当することに決め、井上は、判示第一のアルギン工業及び土井川魚から商品を仕入れる旨同被告人に伝え、同被告人もこれを了承したうえ、右の各取込み詐欺を行つたこと、右井上が仕入れた各商品は、井上において横流しした分を除き、いずれも同被告人が仕入値より安い値段で直ちに換金処分し、この中から同被告人も自分の取分を取得していること、右の商品の仕入れにつき、同被告人ら間に商品の種類、数量、金額等につき何ら具体的な取決めがあつた訳でもなく、これらは井上に全て任されていたもので、同被告人も出来るだけ多く取込むよう井上を叱咜していたこと等の各事実が認められ、右の事実によれば、同被告人は井上の取込んできた商品につき詐欺の故意があつたこと及び井上との間で包括的に詐欺の共謀が成立していたと認められ、たとい井上が取込んだ商品の一部を同被告人に無断で横流ししたとしても同被告人の刑責に消長を来すものではない。

二  被告人両名の弁護人は、被告人両名の別紙一覧表(三)の番号1、同(四)の番号2ないし6及び同番号7のうち騙取年月日が昭和五六年五月二〇日と同月二三日分の事実については被告人両名は無罪である旨主張しているが、被告人両名は、判示第二認定のとおり、旭水産株式会社を舞台として、仕入名下に商品を取込みこれを騙取しようと企て、被告人吉田が資金繰り(当座管理)と取込んだ商品の処分役、同松原が引き屋の管理と倒産後の同会社の整理役、森浦、植田らが商品の取込み役とそれぞれの役割を分担し、同会社の倒産予定日(命日)を昭和五六年五月末日とし、利益の配分率も定め、取込む商品については右森浦らの引き屋グループに任せ、被告人らは一体として右命日までの間可能な限り多くの商品を取込んだものであることが認められ、右認定事実からすると、被告人らは、森浦らに取込み先や商品の種類、数量を包括的に任せていたものであり、右合意に基づいて引き屋が商品を騙取した時点で被告人らについても詐欺罪は成立しているというべきであり、その後森浦らが被告人らとの約定に反してこれを自分達だけで処分し、その代金を取得してしまつたとしても、被告人らの犯罪の成否を左右するものではない。

よつて、弁護人及び被告人らの各主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人吉田の判示第一、第二の各所為はいずれも刑法六〇条、二四六条一項に、被告人松原の判示第二の各所為はいずれも刑法六〇条、二四六条一項に、判示第三の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条に各該当するので、判示第三の罪につき懲役刑を選択し、被告人らの以上の各罪はいずれも刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、刑及び犯情(吉田については犯情)の最も重い判示第二の四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人吉田を懲役三年に、被告人松原を懲役二年に各処し、被告人両名に対し同法二一条を適用して未決勾留日数中各四〇日をそれぞれその刑に算入し、情状により被告人松原に対し同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間その刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人両名に対し負担させないこととする。

(量刑理由)

本件各犯行は、被告人吉田興三が、共犯者井上正彦を引き屋として犯した昭栄物産を舞台とした事件に引続いて、旭水産の件に移り、会社年鑑にも載せられている優良会社であるとの同会社の社会的信用を背景として、取込詐欺を専門にしている森浦らの引き屋グループを引き入れて手当り次第に商品を取込ませ、被告人松原亮一に倒産後の会社の整理及び右引き屋の監視をさせ、被告人吉田自身は舞台である会社の当座管理と商品の売捌き方を分担して一連の取込詐欺を敢行したというもので、いずれも計画的、組織的な犯行であつて誠に悪質であり、同被告人はその中核的な役割を果した者として責任は重いといわなければならないこと、判示各事実の被害金額は合計六一七五万円余に上る多額なものであり、同被告人において被害弁償もなされていないうえ、近い将来における被害回復の目処も立たない状態であるにも拘らず、証拠上同被告人の刑責が明白な昭栄物産の件について、弁論の再開後否認に転じる等全般的に罪の意識も稀薄であつてその情状は良くないが、同被告人は取込んだ商品を安く売捌きながら、舞台となつた会社を維持存続させていたこと、取込まれた商品のうちかなりの部分が仲間である引き屋グループによつて横流しされ、同被告人はその分の分前には与つていないこと等から、同被告人の利得はそれ程多かつたとは思われないこと、また、同被告人にはこれまで前科もなく、本件において実刑に処すること等同被告人に有利な事情も考慮し、前記刑が相当であると思科したものである。

なお、同被告人は、旭水産の件は沖野や下田に頼まれてやつたことで、これら実質的な主犯格の者が処罰されていないのに自分が重く処断されるのは不当である旨訴えており、証拠上、同被告人が旭水産に関与するに至つた経緯、取込まれた商品の処分方法、利益の帰属先等同被告人の言い分を窺わせるような事情もない訳ではないが、同被告人の述べるとおりであつたとしても、その場合にはこれらの者が改めてそれ相当の処罰を受けるべきであつて、これがため同被告人の刑責を特に減ずべき理由はない。

次に、被告人松原についても、被告人吉田と同様、計画的、組織的な悪質な事犯(旭水産の件)に荷担し、その関与した事件での被害金額も二八八六万円余と多額であることを考えればその責任はやはり重いといわなければならないし、道路交通法違反事件についても遵法精神に欠けるところ大で、この点も無視しえないものであるが、被告人松原が本件犯行の中で果した役割は他の共犯者らと比較して軽微であつたことや同被告人についてもそれ程大きな利得はなかつたと思われること、資力の範囲で被害弁償に努めていること等の事情を考慮し、同被告人の刑の執行を猶予した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(別紙一覧表省略)

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